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震災から15年

1995年1月17日

私の人生の中で
忘れられない1日でした。

神戸市灘区という
震災時に倒壊が多かった地区に住んでいた私は
全壊という被害に合ってしまいました。

そして大事な親族も亡くしてしまい
生まれて初めて親族の葬儀にも出席しました。

当時、私は大阪の会社に勤めており
1週間後には大阪に移ることになり
被災した神戸の街は
1週間ほどしか見ておりませんが
そのときの記憶は
今もまだ鮮明に覚えています。

神戸は
街路樹が多い街で
道路を車で走っていると
本当に気持ちが良い街です。

ですが
あの一週間だけは
本当にここは日本かと
目を疑ってしまうぐらいの光景でした。

街路樹はあちこちで倒れている
ビルも崩れてしまいチリが溜まっている

本当に綺麗な神戸が
一瞬で姿を変えていました。

あの震災で
私は祖母を亡くしましたが
その祖母がよくこんな事を言っていました。

 
   『戦争の時は食べ物がなくて困った
          だから食べ物を粗末にするな』


そんな言葉を聞いて私は
今の時代、そんな話はないよ
と心の中で思っていましたが

そんな事があの震災では起こったのです。

お金があっても
食べ物がなく買えない状態

本当に祖母の言うことを小ばかにした自分が
恥ずかしくて仕方ありませんでした。

それ以来、食べ物を残すをいう事に
抵抗を持ってしまいます。

これは祖母に最後に教えてもらった事です。

あれから神戸市内のタクシー会社に入社し
5年前に独立をしました。

震災で亡くなった方
 
      6434人

これは2006年の6352人とほぼ同数

1年間に交通事故で亡くなる方が
あの一瞬で亡くなりました。

年々、交通事故死者の人数は減少していますが
被災にあった私が
年間、阪神大震災とほぼ同数の死者を出す
交通事故削減のコンサルティングを行っている事に
何か偶然ではないものを感じます。

  
   震災で亡くなった方
   交通事故で亡くなる方


どちらも尊い命が亡くなることに変わりません。

そのような交通事故を
削減する仕事に就けている事を誇りに思います。

これからも
この気持ちを大切にしていきたいと思います。
それが被害に合われた方から教えて頂いた事だからです。

最後に
犠牲となられた方々のご冥福をお祈りいたします。
   

コメント
今日、この日のお話をしようと思っていたのですが、やはりこのようなご経験をされていたのですね。

私の親族は須磨区・長田区に住んでいましたが家は崩壊したものの、幸い亡くなった者はいなかったです。

でも震災後初めて神戸を訪れた時、阪急三宮駅の変わりように「何が起こったか」をようやく感じました。
  • 宮崎弘志
  • 2010/09/04 11:23 PM
震災は私にとって大きな出来事です。

あの震災で考え方が変わったところが多く、色々なものを得て失った気がします。
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